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投稿タイトルは確か昔(今も?)秋葉原にあった基盤ゲーム屋さん(ゲームセンターなどで使われなくなったりしたTVゲーム機から基盤を取り出して、家庭でプレイできるようにして売っているゲーム屋さん)が看板に書いていたキャッチコピーです。

発熱地帯:新時代の難易度

興味深かったのでクリッピングしました。

「この難易度というのは、単純にやさしければいい、という話ではありません。プレイヤーの労力(入力)に対する楽しさ(リターン)が現代的なバランスを保てているソフトだということです。多少極論をいってしまえば、この1年で発売されたソフトを「難易度」という軸で分類してみればいい。きっと見えてくるものがあります。
(中略)
今、「ゆるさ」「おおらかさ」というものがゲームに求められ始めています。それを直感し、理解し、実現した開発者は成功をおさめ、現実に背を向けた開発者は先細っていく衰退の道を歩み、売れない言い訳をつぶやきつづけます。

「ゆるい」といっても、単にゲームとしてできていないわけではありません。ゲームにネタを仕込むことと「たった1つの穴」を通過するための手順を作ることは本当は別なんです。でもいつの間にか、世の中には、同じことだと考えている人がふえてしまいました。なぜなら、作り手にとってみれば、そのほうが「きちんとできあがっている」感じがするからです。ゆるくすると、できていないんじゃないか、と怖くなる。そこでキュッとしめちゃうんです。

するとどうなるか? 穴を通過するための手順を見つけるまでの時間は人それぞれ。けれども「プレイの幅」はとても細くなります。細い穴を通ったときに達成感がある? なるほど。でもプレイヤーはその穴を通りたかったんだろうか? 通って楽しかったんだろうか。苦労をした→いい思い出だった→ふーん、本当に?
(中略)
ゆるくしたらRPGは、物語系ゲームは崩壊したんでしょうか? しませんでしたよ。ゆるく作ることをヒステリックにおそれる必要はないんです。「無双」「GTA」「塊魂」「ピクミン2」、こういったタイトルはいずれも成功をおさめているじゃないですか。おかしな妄念にとりつかれてゲームを作る必要はないんです。
難易度についての妄念に囚われているか、自由な発想で作れるか。それが新時代のゲーム開発者とそうでない開発者を分けることになるのでしょう。」
(上記記事より一部抜粋)


なんか他の様々な物事にもあてはまりそうな気がします。
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by AshikaRecord | 2004-06-12 21:16 | 雑記

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