トランスメディア提供アイコン01 『坂田は遠くなりにけり』

本当に遠くに行ってしまわれました…

囲碁のポータルサイト|財団法人日本棋院:【訃報】二十三世本因坊坂田栄寿死去
二十三世本因坊坂田栄寿が10月22日正午過ぎ、日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区広尾)にて胸部大動脈瘤破裂のため、逝去されました。享年90歳。通夜・告別式は近親者のみで執り行われます。喪主は、妻 鐵枝様。なお、ご遺族のご意向により弔電・生花等はお断りさせて頂きます。



<経歴>
大正9年2月15日生 東京都出身。本名「栄男」
昭和10年入段、昭和30年九段。平成12年10月引退。日本棋院東京本院所属。
旧名人2回、本因坊7回、十段5回、などタイトル獲得数は64。
昭和39年、年間7タイトルを制覇。昭和42年、本因坊戦7連覇。
名誉本因坊資格を得る(二十三世本因坊)。
門下には、新垣武九段、佐々木正八段、河野光樹八段、中山薫三段。
昭和39年、40年、48年 秀哉賞。昭和42年、棋道賞最優秀棋士賞。平成元年、大倉喜七郎賞。
昭和55年 紫綬褒章。平成2年 勲二等瑞宝章。平成2年、東京都文化賞。
平成4年、文化功労者。
昭和53年、日本棋院理事長に就任(8年間)。
昭和63年より日本棋院顧問。平成21年より日本棋院名誉顧問。」
(上記記事)


いまだにヘボの私ですが、私が囲碁をやるきっかけになったのはこの方の妙手でした。

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1963年(昭和38年)、第2期名人戦の挑戦手合7局 120手目
名人:藤沢秀行(黒番)
挑戦者:坂田本因坊(白番)


互いに三勝三敗となって迎えた最後の第7局目、坂田先生が120手目に打った手(上記図の◎のとこ)がいわゆる「坂田の外ノゾキ(「逆ノゾキ」、「上ノゾキ」と表記されてる場合もある)」です。
これが勝負手となって坂田先生は名人・本因坊の二大タイトルを獲得、名実ともに日本一の棋士となりました。
この手をマンガ「入神」(著者:竹本健治 南雲堂)で見たとき、すごく戸惑いました。なぜこの手が勝負手になるのか、さっぱり理解できませんでした。ちなみにマンガ「入神」によればこの手を打たれた秀行先生は「そんなバカな」と呻いたそうです。
この手の他にも上記マンガには江戸時代からのいろんな棋士の妙手が載っていて、まぁそれも理解できませんでしたが(^_^;、もっとも興味をそそられたのはこの一手だけでした。『この一手を理解できるようになりたい―』それが私が囲碁を始めた理由でした。
未だに理解できてはいませんが、その後、壮大で奥深すぎる囲碁の世界に飲まれっぱなしです。

何はともあれ、坂田先生のご冥福をお祈りいたします。
墓参りに行ったら囲碁が強くなるかな…と思いましたが、坂田先生は実戦オンリーで強くなった方だそうだからそんなことをしても怒られるだけだろうなぁ(^_^;
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by AshikaRecord | 2010-10-22 23:54 | ゲーム

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